2月 出来事

2月25日 <恵比寿ビールが発売されました(1890年=明治23)>

2018/02/24

1890(明治23)年のこの日、サッポロビールの前身である日本麦酒醸造會社は、ドイツ人技師カール・カイザーを招聘(しょうへい)して醸造したビールを「惠比壽麦酒(ヱビスビール)」と命名して発売を始めました。

これは明治時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。

これは2分程度で読める記事です。
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1.解説

 

その当時、国産ビールは18年前から生産されていましたが、一般に広く販売され、消費量が増えたのは1894 年(明治27)年に勃発した日清戦争の頃からでした。

 

日本麦酒醸造會社は1887年(明治20)に出来た会社で、 本場の味を再現しようとドイツから技師を招いて醸造を始めました。そうして、1890年(明治23)2月25日に「惠比壽麦酒(ヱビスビール)」が発売され、その時の価格は14銭でした。これは現在の貨幣価値に換算すると3,000円だそうです。

 

その命名についてWikipediaに面白い情報があったのでご紹介します。

当初は「大黒天」から命名しようとしていたが、横浜に既に「大黒ビール」が存在したために「えびす」(恵比寿) を採用したという経緯が見られる資料が2000年代に発見されている。

(Wikipedia「ヱビスビール」から引用)

今だったら、「大黒ビール」は無いので、黒ビールにこの名称を使うのも悪くなさそうですねぇ。

 

日本麦酒醸造會社は、1893年(明治26)年に社名を日本麦酒株式会社に変更します。のちに「東洋のビール王」と呼ばれる馬越恭平社長は結構なやり手だったみたいで、1899年(明治32) 年には、「恵比寿ビールBeer Hall」を開業させます。このビヤホールは行列のできる繁盛店になりました。

 

馬越恭平社長はさらに、設備を増強させ、人材を育成、また新しい技術の導入といった手を着々と打ち商品の品質向上に努めたのです。その甲斐あって1900 (明治33) 年にはパリ万博で金賞を、1904年のセントルイス万博ではグランプリを受賞するなど世界的な評価を獲得し、「惠比壽麦酒(ヱビスビール)」は日本を代表するビールとなっていきました。

 

さすがWikipediaです。さらに皆様にご紹介したいネタがありました。それは「ラッキーヱビス」についてです。

ラベルの戎様は鯛を一匹抱えているが、ヱビスビールの瓶製品、大・中・小ビンの中で、数百本に一つの確率で後ろの魚籠にも鯛が入っているものがある。これをラッキーヱビスという。2007年8月17日放映の「ウソかホントかわからない やりすぎ都市伝説」(テレビ東京系)において、サッポロビールはラッキーヱビスの存在を認めている。

(Wikipedia「ヱビスビール」から引用)

 

 

2.他の年、この日の記事

他の年のこの日には、こんな記事を書いています。こちらも併せて御覧下さい。(記事が先の日付の場合は表示されません。当日にならないと公開しないように予約投稿しているためです)。

 

今日はここまでです。

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