10月 出来事

10月13日 <華岡青洲が、全身麻酔による乳がん手術を行う(1804年=文化元)>

今日という日はどんな日でしょうか?

日本史の世界の出来事を覗いてみましょう。

 

1804年(文化元)の今日、華岡青洲(はなおかせいしゅう)は世界で初めて、全身麻酔下で乳がん摘出手術を行いました。

実は、華岡青洲は日本史のテストに出題されることは、殆どありません。受験の参考書などでも、名前を見かけたことが無いのです。そんなマイナーな医者が、実はとんでもない偉業、世界初の偉業を成し遂げていた、という話です。

 

華岡青洲は江戸時代後期の外科医師です。祖父雲仙も、父直道も医師でした。本名は震(ふるう)、通称は随賢(ずいけん)、青洲は号だそうです。

1760年(宝暦10):紀伊国上那賀郡名手荘西野山村平山(和歌山県那賀郡那賀町平山)に生まれ
1782年(天明2) :京都に出て吉益南涯(よしますなんがい)に本道(内科一般)を、大和見立(やまとけんりゅう)に紅毛流外科(オランダ外科)を学ぶ
1785年(天明5) :帰郷して家業を継ぐ

 

この様に京都で医学を学び、故郷の紀伊国に戻って医師となった青洲は、外科に必須の麻酔薬を探し求めていました。ある外科医で、痛み止めに使われている薬の主成分が曼陀羅華(まんだらげ:チョウセンアサガオ・ムラサキケマンの別称)であることを知り、自宅で栽培し、創意工夫を重ねて麻酔薬を試作したのです。その実験過程で青洲は母を失い、妻も両眼失明という大きな試練もありましたが、更に改良を重ねて遂に全身麻酔薬「麻沸散(まふつさん)(通仙散:つうせんさんという説もある)」を完成させました。

 

華岡青洲は、この乳がん摘出手術の後も、結石、痔、他の部位のがん摘出なども手がけました。

 

この華岡青洲の名医たる評判を聞き、各地から患者が集まり、またその医術を学ぼうと入門を志す医学生が後を絶たなかったのでした。青洲はそうした学生の為に春林軒という学塾を開き、紀州藩(紀伊藩)の藩医となって多くの門弟を指導育成し、近代外科学の基礎を作りました。青洲自身の著書はありませんが、門人の記録した口授本は沢山あるそうです。

 

余談ですが、有吉佐和子原作の「華岡青洲の妻」という時代小説があります。1966年(昭和41)に発表されて以降、映画化及び数度にわたるテレビドラマ化された作品です。今日話題にした華岡青洲の事に実母と妻とを絡めて仕上げた読み応えのある作品です。まだ読まれて居ない方は是非どうぞ!

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