11月 出来事

11月17日 <山県有朋、枢密院議長に任命される(1909年=明治42)>

1909年(明治42)のこの日、山県有朋は枢密院議長に任命されました。

これは明治時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。

これは2分程度で読める記事です。
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1.解説

 

枢密院は憲法草案審議のため1888年(明治21)4月に設置された機関で、大日本帝国憲法下の天皇の最高諮問機関でした。国家に功労のあった長老級の政治家を集めて枢密顧問官とし、議長・副議長各1名、および枢密顧問官12名(のちに増員)がおかれました。

憲法上の疑義、憲法付属法令、緊急勅令などについて審議する広範な権限を持っていましたが、のちには、政府と衝突して内閣を総辞職させたこと(1927年の金融恐慌時の第一次若槻内閣)もありました。

 

この枢密院の初代議長には伊藤博文が任命され、それ以降藩閥政治家の有力者が任命され、1947年(昭和22)5月2日に枢密院が廃止されるまで23代、16名の議長が任命されました。

 

歴代議長
  1. 伊藤博文:1888年(明治21)4月30日 - 1889年(明治22)10月30日
  2. 大木喬任:1889年(明治22)12月24日 - 1891年(明治24)6月1日
  3. 伊藤博文:1891年(明治24)6月1日 - 1892年(明治25)8月8日
  4. 大木喬任:1892年(明治25)8月8日 - 1893年(明治26)3月11日
  5. 山縣有朋:1893年(明治26)3月11日 - 1894年(明治27)12月18日
  6. 黒田清隆:1895年(明治28)3月17日 - 1900年(明治33)8月25日
  7. 西園寺公望:1900年(明治33)10月27日 - 1903年(明治36)7月13日
  8. 伊藤博文:1903年(明治36)7月13日 - 1905年(明治38)12月21日
  9. 山縣有朋:1905年(明治38)12月21日 - 1909年(明治42)6月14日
  10. 伊藤博文:1909年(明治42)6月14日 - 1909年(明治42)10月26日
  11. 山縣有朋:1909年(明治42)11月17日 - 1922年(大正11)2月1日
  12. 清浦奎吾:1922年(大正11)2月8日 - 1924年(大正13)1月7日
  13. 濱尾新:1924年(大正13)1月13日 - 1925年(大正14)9月25日
  14. 穂積陳重:1925年(大正14)10月1日 - 1926年(大正15)4月8日
  15. 倉富勇三郎:1926年(大正15)4月12日 - 1934年(昭和9)5月3日
  16. 一木喜徳郎:1934年(昭和9)5月3日 - 1936年(昭和11)3月13日
  17. 平沼騏一郎:1936年(昭和11)3月13日 - 1939年(昭和14)1月5日
  18. 近衛文麿:1939年(昭和14)1月5日 - 1940年(昭和15)6月24日
  19. 原嘉道:1940年(昭和15)6月24日 - 1944年(昭和19)8月7日
  20. 鈴木貫太郎:1944年(昭和19)8月10日 - 1945年(昭和20)4月7日
  21. 平沼騏一郎:1945年(昭和20)4月9日 - 1945年(昭和20)12月3日
  22. 鈴木貫太郎:1945年(昭和20)12月15日 - 1946年(昭和21)6月13日
  23. 清水澄:1946年(昭和21)6月13日 - 1947年(昭和22)5月2日

 

上のリストをご覧になると判るように、複数回議長に任命された政治家も居ますね。

1909年(明治42)のこの日、山県有朋は自身3度目となる枢密院議長に任命されました。この3回というのは伊藤博文と並んで最多記録です。

山県有朋は長州閥の中心として陸軍を握り、政党の進出を阻止することにつとめました。この枢密院議長への任命は、山県の権勢をさらに強める結果となったのでした。

 

2.他の年、この日の記事

他の年には、こんな記事を書いています。こちらも併せて御覧下さい。(記事が先の日付の場合は表示されません。当日にならないと公開しないように予約投稿しているためです)。

今日はここまでです。

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