5月 出来事

5月18日 <社会民主党の結成(1901年=明治34)>


今日という日はどんな日でしょうか?

日本史の中の出来事を覗いてみましょう。

これは4分程度で読める記事です。

1.出来事ピックアップ

 

1901年(明治34)の今日、日本最初の社会主義政党、社会民主党が結成されました。

 

2.解説

 

今日の出来事の、社会民主党結成の話題に入る前に、この社会主義思想を自らの指導理論とした労働運動について俯瞰しておく必要があると思います。

 

明治の中期以後、資本主義の発達がめざましくなり、工場制工業がつぎつぎに勃興するに伴い、賃金労働者の数も急増しました。

彼らの多くが農家の次男・三男や子女で、貧しい家計を助けるためのいわゆる“出稼(でかせぎ)型”の労働者でした。しかも、産業革命の中心となった繊維産業部門の労働者は、大部分が女性であり、重工業や鉱山部門では男性労働者が多かったが、全体として女性労働者の比重が大きかったのでした。これらの労働者は、同時代の欧米諸国に比べると、はるかに低い賃金で長時間の過酷な労働に従事し、また悪い衛生状態・生活環境におかれるなど、労働条件は劣悪でした。

 

日清戦争以前には、労働者の意識は成熟しておらず、労働運動は本格化しませんでした。

この時期 の主な労働問題としては、以下のものがあります。

  • 1888年(明治21)、雑誌 「日本人」に取りあげられた高島炭鉱事件:九州の高島炭鉱で、3,000人の坑夫が過酷な重労働を強いられていました。
  • 1886年(明治19)、甲府の雨宮製糸工場でのストライキ:甲府の雨宮製糸工場で 100余名の女工が劣悪な労働条件に反対してストライキをおこしました

 

日清戦争後、労働者の階級的自覚がしだいに高まり、劣悪な労働条件を改善するために団結するようになりました。

1897年(明治30)には、アメリカから帰国した高野房太郎(たかのふさたろう)らが職工義友会(しょっこうぎゆうかい)を起こし、「職工諸君に寄す」いう一文を配布しましたが、これに片山潜(かたやません)らが加わって、同年、労働組合期成会(ろうどうくみあいきせいかい)が結成され、その指導のもとに、各地で鉄工組合や日本鉄道矯正会などの労働組合がつくられ、待遇改善や賃金引き上げを要求する労働争議がしばしばおこるようになりました。その片山が中心となり、労働組合期成会・鉄工組合の機関誌として「労働世界」が発行され、労働組合運動が展開されていきました。

 

これに対し政府は、1900年(明治33)に治安警察法を公布し、労働者の団結権・罷業(ひぎょう)権を制限して労働運動を取り締まりました。さらに、生産能率の向上及び、資本家・経営者と労働者との階級対立を緩和するために労働条件を改善する必要があるとして、労働者を保護する法律を制定しようとしました。しかしそれは、経営者側の反対でなかなか実現しませんでした。

 

労働組合が結成され労働運動が展開されるとともに、その指導理論としての社会主義思想が芽ばえるようになりました。

 

1898年(明治31)に社会主義研究会が出来、これを母体として1901年(明治34)5月18日に片山潜・木下尚江・幸徳秋水・安部磯雄・河上清・西川光二郎らによって日本で最初の社会主義政党である社会民主党が結成されました。その翌19日に木下が結成の届出を出しましたが、政府は、同月20日に治安警察法によってただちにこれを禁止しました。

 

この社会民主党は、理想綱領として軍備全廃・ 階級の廃止・土地と資本の公有化などをかかげ、実際、運動の綱領としては貴族院廃止・ 軍備縮小・普通選挙実施・8時間労働実施などをうたいました。そのころはマルクス主義の影 響よりも、まだキリスト教的人道主義の性格が強かったのでした。

 

こうした綱領を掲げた社会民主党でしたが、警察から

「社会民主党は安寧秩序に妨害ありと認むるを以て治安警察法第八条二項に依り其結社を禁止する旨内務大臣より達せられたり。右伝達す」

 

という命令書によって活動を禁止されてしまいました。そして宣言書が掲載された新聞等は発禁になりました。

 

 

今日はここまでです。

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