6月 出来事

6月26日 <江戸市民に種痘券を配布(1861年=文久元)>

1861年(文久元)のこの日、江戸で流行していた疱瘡に対応するため、江戸幕府は町々に種痘券を配布して種痘接種をすすめました。

これは江戸時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。

これは2分程度で読める記事です。
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1.解説

 

江戸時代には、疱瘡(天然痘)はしばしば流行して多くの死者を出しました。

 

 

疱瘡の予防接種は種痘を呼ばれていますが、人痘接種法から牛痘接種法、そしてワクチニアウイルスを用いたものへと発展しました。

そうした予防接種が日本に入ってきたのは江戸時代のことで、1811年(文化8)頃、択捉島(えとろふとう)の幕府会所勤務の中川五郎治がロシアでの抑留生活ののち牛痘接種法を持ち帰り、松前や秋田・津軽地方に導入されました。

1830年(天保元)には大村藩の医師長与俊達が、患者のかさぶたの粉末を鼻から吸わせる方法から刺植する方法を考案し、1849年(嘉永2)には蘭医モーニケが牛痘接種法に成功しました。

当時、種痘は感染率・死亡率ともに高い疱瘡は神のしわざとされ、呪術的・宗教的な予防・治療法が盛んでした。種痘の普及後も種痘の一週間後などに同様の儀式を行う地域が多かったそうです。

 

 

江戸でも、1858年(安政5)には江戸の蘭学者83人が官許を得て、江戸神田お玉ヶ池に牛痘接種所を設立しました。その種痘所、はじめはお玉ヶ池の川路聖謨(かわじとしあきら)拝領地にありましたが、火災のため御徒町の伊東玄朴(いとうげんぼく)隣接地に場所を移し種痘を続行しました。

江戸幕府も次第に種痘を奨励するようになり、1860年(万延元)には種痘所を幕府直轄とし、その初代頭取は大槻俊斎が任命されました。

そして、1861年(文久元)には、4月頃から江戸で疱瘡が流行したため、この日、幕府は町々に種痘券を配布して種痘接種をすすめました。

 

余談ですが、この種痘所はのちに医学所と改称して西洋医学の教育と研究を行うようになり、それは明治時代になって大学東校→東京医学校→東京大学医学部に発展しました。

また、日本では以前は生後36〜72ヵ月の間に種痘を1回行っていましたが、

1979年(昭和54)に天然痘根絶宣言が出され、
1980年(昭和55)には天然痘ウイルスは撲滅され、自然界に存在しないものとされた

ため、現愛では種痘接種は行われていませn。

 

2.他の年、この日の記事

他の年には、こんな記事を書いています。こちらも併せて御覧下さい。(記事が先の日付の場合は表示されません。当日にならないと公開しないように予約投稿しているためです)。

今日はここまでです。

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