4月10日 <「君の名は」大ヒット(1952年=昭和27)>

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1952年(昭和27)のこの日、菊田一夫原作のNHKラジオドラマ「君の名は」の放送が始まりました。

これは昭和時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。

これは2分程度で読める記事です。
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1.解説

 

「君の名は」といっても、2016年に公開された新海誠監督による長編アニメーション映画の「君の名は。」とはちがいます。

 

本日の記事でご紹介する「君の名は」は、脚本家・菊田一夫による作品で、1952年(昭和27)のこの日からラジオドラマの放送が始まりました。

毎週木曜日の20:30〜21:00までの時間帯で放送され、

 

「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」

 

で始まるイントロが流れるころには銭湯の女湯は空っぽになると言われる程の大人気だったそうです。この銭湯のエピソードに関してはWikipediaに面白い裏話が書かれていたので以下にご紹介します。

 

「番組が始まる時間になると、銭湯の女湯から人が消える」といわれるほどであったという(ただし、この銭湯でのエピソードは、「アメリカでの事実を基に、松竹の宣伝部が作った虚構である」という説も根強い)。

(Wikipedia「君の名は」から引用)

 

このNHKのラジオドラマでの絶大な人気を受け、その翌1953年(昭和28)には松竹で映画化されました。主人公の後宮春樹と氏家真知子とを佐田啓二と岸恵子とが演ずるこの映画は、その翌年の1954年〈昭和29)にかけて3本制作され、この3部作で合計3,000万人の観客を動員するほどの大当たりを記録しました。大ヒットと書いた方がしっくり来ますねぇ。

3部作の公開時期と配給収入は以下の通りです。

  • 君の名は(第一部)。公開:1953年9月15日。配給収入:2億5047万円。1953年度の配給収入ランキング第2位。
  • 君の名は(第ニ部)。公開:1953年12月1日。配給収入:3億0002万円。1953年度の配給収入ランキング第1位。
  • 君の名は(第三部)。公開:1954年4月27日。配給収入:3億3015万円。1954年度の配給収入ランキング第1位。

この2年間の配給収入のトップを独占したこの映画から「真知子巻き」「春樹ネクタイ」の流行も生まれました。

この「真知子巻き」というのは、以下の写真で岸恵子女史が見せている、肩を起点にして耳や頭をぐるりとストールで巻く使い方で、映画の公開当時、多くの女性がこの使い方を真似て街を闊歩したそうです。

 

この真知子巻きに関して、やはりWikipediaに面白い話が書いてありました。

氏家真知子のストールの巻き方が「真知子巻き」と呼ばれて女性の間で流行した。これは、主演の岸惠子が北海道でロケの合間に現地の寒さをしのごうと、神奈川県横浜市中区の馬車道界隈の店で購入して持参していた私物のストールを肩から一周させ、耳や頭をくるんでいたことによるとされる。この姿はカメラが回っている時にも使われることになり、「真知子巻き」が誕生した。

(Wikipedia「君の名は」から引用)

 

美人で巻き物といえば、忘れられないのは、このアリアーヌ巻。映画「昼下りの情事」でオードリー・ヘップバーンが魅せた、頭をくるんだスカーフを首で結ぶ使用法でしたねぇ。

 

話を戻しまして、この「君の名は」はテレビでも、1962年(昭和37)、1966年(昭和41)、1976年(昭和51)、1991年(平成3)の4回ドラマ化されています。最後の1991年の作品はNHKの連続テレビ小説で1年間放送されたものでした。

 

 

2.他の年、この日の記事

他の年には、こんな記事を書いています。こちらも併せて御覧下さい。(記事が先の日付の場合は表示されません。当日にならないと公開しないように予約投稿しているためです)。

 

今日はここまでです。

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