7月 出来事

7月15日 <三鷹事件発生(1949年=昭和24)>

2018/07/16

1949年(昭和24)のこの日、中央線三鷹駅で無人電車が暴走し死傷者ニ十数人を出す事故が起きました。

これは昭和時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。

これは2分程度で読める記事です。
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1.解説

 

下山・三鷹・松川事件。といっても三題噺ではありません。

戦後の国鉄(現・JR)を語るのに避けて通れない出来事があるのです。

第2次世界大戦後の西ヨーロッパ復興援助計画はマーシャル・プランでしたが、その実行に尽くしたアメリカ国務省ジョージ・ケナンが1948年(昭和23)に提言した対日政策があります。それは以下の様なものでした。

  • 占領政策の重点を改革から経済復興にうつすこと
  • 追放を緩和し、漸次中止すること
  • 占領軍経費を縮小すること
  • 賠償を漸次中止すること
  • 講和条約締結を急がないこと
  • 講和条約は懲罰的であってはならないこと
  • 沖縄については長期駐留を決意すること
  • 日本の警察力を強化すること

このような対日政策により日本経済は、物価上昇は安定化したものの、緊縮財政の影響で金詰り、中小企業の倒産・失業の増加など安定恐慌と呼ばれる状況に陥りました。

特に、国鉄の人員整理をめぐる紛争が激化するなかで起きたのが、1949年(昭和24)7〜9月にかけての下山・三鷹・松川事件なのです。国鉄総裁下山定則が怪死した下山事件、三鷹で無人電車が暴走した三鷹事件、東北本線松川駅 - 金谷川駅間で進行妨害により列車が転覆した松川事件、これらは、第二次世界大戦後の「国鉄3大ミステリー事件」と呼ばれています。

 

1949年(昭和24)のこの日に起きた三鷹事件は、中央線の三鷹駅構内から7両編成の無人電車が暴走して民家に突入し、死者6名、負傷者20名を出す惨事でした。

その時の写真がWikipediaにあったので例の如く無断借用してきました。写真またはその下の青文字部分からWikipediaの大きな写真へのリンクが張ってありますので、どうぞ御覧ください。

<三鷹事件の現場(Wikipediaから借用)>

<三鷹駅のホームからみた三鷹事件の現場(Wikipediaから借用)>

 

検察は国鉄労働組合が人員整理反対闘争の局面打開を狙って起こした事件と断定し、非共産党員竹内景助と党員9人を起訴しました。

裁判では竹内の単独犯行か共産党を含めた共同謀議かが争点となり、竹内供述が二転三転したこともあり公判は紛糾しました。

一審は竹内を無期懲役、他を無罪。さらに二審は竹内を死刑、他を無罪。最高裁は1955年(昭和30)口頭弁論なしで竹内・検察双方の上告を棄却し竹内の死刑、他被告の無罪が確定しました。

無実を訴え始めていた竹内は再審請求中の1967年(昭和42)に脳腫瘍のため獄中死しています。享年45歳でした。

 

2.他の年、この日の記事

他の年には、こんな記事を書いています。こちらも併せて御覧下さい。(記事が先の日付の場合は表示されません。当日にならないと公開しないように予約投稿しているためです)。

昨年は記事作成をサボっており、この項は無しです。

 

今日はここまでです。

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