1890年(明治23)のこの日、商工業者によって地域別に組織された経済団体である商業会議所について定めた商業会議所条例が公布されました。
これは明治時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。
これは2分程度で読める記事です。
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1.解説
彩ちゃんと黒猫のPinotとが、今日の記事について話していますよ・
Pinotは良く知っていますねぇ
さて、本日ご紹介する商工会議所条例の対象の商業会議所は、明治・大正期に、商工業者によって地域別に組織された経済団体です。その機能は、商工業に関する研究・調査を行い、施設の改善をし、法律の改廃などに関し行政に意見を述べるなど商工業者の利害を代表することにありました。特に工業や貿易の振興、交通や運輸の改善、営業税廃止運動において積極的に発言をしたそうです。
この商業会議所について定めた条例、商業会議所条例は1890年(明治23)のこの日、公布されました。
この条例の公布によって、それ以前からあった商法会議所や商工会といった団体を引き継ぐかたちで、同年12月9日に神戸商業会議所が認可を受けたのを皮切りに、各地に次々と商業会議所が設立され、翌年の3月までに多くの地域で商業会議所への移行が完了しました。その数は
- 1890年:15
- 1895年:41
- 1910年:60
- 1926年:76
と増えて、日本領であった朝鮮半島にも設立されていました。
商業会議所の会員は選挙により選出され、有権者は一定額の所得税(1902年からは営業税)を納める商工業者です。その役員には会員のうち30歳以上の男子及び商事会社の代表の中から選挙で選ばれました。
各地域の商工業者の利益を代表して、商工業に関する制度・法令などに関し資本家としての立場より政府に数多くの建議をするなど、いわば圧力団体としての性格を帯びていました。その建議の内容は「工業・貿易の振興」「交通や運輸の改善」「営業税廃止運動」などで積極的に行われました。
一方、政府や他の商業会議所の要請による地域の経済調査、内外の情報伝達なども行いました。
このような活動を行っていた商業会議所ですが、1927年(昭和2)4月の商工会議所法公布(翌年1月施行)によって商工会議所に開祖されました。
2.他の年、この日の記事
他の年には、こんな記事を書いています。こちらも併せて御覧下さい。(記事が先の日付の場合は表示されません。当日にならないと公開しないように予約投稿しているためです)。
今日はここまでです。
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