3月 出来事

3月28日 <samurai海を渡る。日記で大統領をケチョンケチョンに(1860年=万延元)>

2018/03/28

1860年(万延元)のこの日、江戸幕府の遣米使節団一行は、ホワイトハウスでブキャナン大統領に謁見しました。

これは江戸時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。

これは2分程度で読める記事です。
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1.解説

 

この1860年(万延元)の遣米使節派遣のことは、通商条約案を日米間で検討中に、日本側委員から申し出たものでした。申し出たのは岩瀬忠震(いわせただなり)であると考えられています。それに対し、アメリカの初代駐日総領事のハリスも「そうなれば大変幸いである…」と答えたそうです。この岩瀬忠震は、大老の井伊直弼(いいなおすけ)によって左遷され、遣米使節団には加われませんでした。

 

正式に決まったメンバーは正使に外国奉行の新見正興(しんみまさおき)、副使に外国奉行の村垣範正(むらがきのりまさ)、目付けに小栗忠順(おぐりただまさ)とし、一行77名という大所帯での渡米でした。

 

実は、駐日総領事のハリスはこの人選には不満だったらしく、以下の様な人物評を残しています。

  • 新見は温厚の長者ではあるが、決して良吏の才ではない。
  • 村垣はまったくの俗吏で、いささか経験を積んだ人物であるが、もとよりその器ではない。
  • 小栗は、活発で機敏の才に富んでいるので、三人のなかで、わずかこの人だけがその任務に相応しい人である。

 

この、初の渡米にあたり、使節団の面々は日記を付けていた人が多く、現在25,6が発見されているそうです。

 

そして、1860年(万延元)閏3月28日、江戸幕府遣米使節団の一行は狩衣(かりぎぬ)。烏帽子(えぼし)の正装で迎えの馬車に乗ってホワイトハウスを訪問し、ブキャナン大統領に謁見しました。大層意気込んで行ったものの、案に相違して簡単に済んでしまって拍子抜けだったみたいです。

 

その時の使節副使の村垣範正の日記にはこうあります。

「ホテルに帰り、みな集まってきょうの様子を話し合った。大統領(ブキャナン)は70余りの老人で、白髪、温和であり、しかも威厳もある。だが商人と同一の黒ラシャの筒袖(つつそで)・股引(ももひき)を着ていて、何の飾りもなく、刀も帯びていない。高官の人々でも、文官はみな同じである。武官は肩章や金筋(きんすじ)をつけ、刀を帯びている。このような席に、多くの婦人が化粧して出てくるのも不思議だ。アメリカは世界1,2を争う大国であるが、大統領は、4年目ごとに国中の入札(いれふだ。選挙のこと)で定める由である。国君ではないが、国王の礼をとったが、上下の別もなく、礼儀はまったくないので、狩衣など着たのも無益なことと思った。しかし新聞紙にきょうの狩衣の様子なども絵入りで報道されており、はじめての外国への使いを果たしたのは男子に生まれた甲斐があったというもので、まことにうれしい」

 

村垣の日記には、しばしば上下関係もなく、礼儀もないとの感想が出てくるそうです。

 

また、国務長官レウス・カスの夜会に招かれ、ダンスを見てこの様に書いています。

「男女組み合いて足をそばだて、調子につれてめぐること、こま鼠のまわるようであって、なんの風情もない。高官の人も、老婦も、若い人も、みなこのダンスを好んでする由である。数百人の男女が、あちらのテープルの酒や肉を飲んだり喰べたりして、またこちらにきてかわるがわる踊る。夜おそくまで遊ぶ。まったく夢か、うつつか、わからぬほどあきれたことだ。およそ礼儀のない国とはいいながら、外国の使節を、宰相が招いてのことだ。無礼ととがめれば、 限りはない。礼もなく、義もなく、ただ親の一字をあらわすものと見て、ゆるした」

 

まぁ、激おこプンプン丸ですなぁ。そしてアメリカ婦人についても村垣は日記に書いています。

「女子は色自く艶やかにして美服に金銀を飾り、その姿もみなれたが、髪の毛の赤いのは犬の目のようで興ざめである。しかしまれには髪黒く目もまた黒い者もいる。アジアの人種であろうが、その人は自然と艶に見える」

 

また、レディファーストの気風には驚いたようです。

「この国では、婦人の尊いことは男子のよく及ぶところではない。たとえは、椅子が不足のときは、男子はそばに立ち、女子は腰掛けている。妻が水をのもうとするとき、夫に持ってこさせる。だから市中、多くの婦人が、三々五々とゆっくり連れだって散歩をしている」

 

初めて見る物に対する描写と、その感想は興味深いものがありますね。これが他の人の日記だとまた異なる書き方がしてあるので調べると面白いですよ。

 

 

 

それと、昨日小生が詠んだ歌の元歌の件です。小生の歌はこれです。

  象潟(きさかた)の 光のどけき 春の日に 静心(しづごころ)なく 花の散るらむ

そして、元歌は以下のものです。

  ひさかたの 光のどけき 春の日に 静心(しづごころ)なく 花の散るらむ

(小倉百人一首の33番、紀友則)

ま、お恥ずかしい限りで。

 

2.他の年、この日の記事

他の年のこの日には、こんな記事を書いています。こちらも併せて御覧下さい。(記事が先の日付の場合は表示されません。当日にならないと公開しないように予約投稿しているためです)。

 

今日はここまでです。

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