6月 出来事

6月23日 <昭和電工事件、疑獄事件はいつの世も(1948年=昭和23)>

1948年(昭和23)のこの日、昭和電工社長の日野原節三は商務省課長らへの贈賄容疑で逮捕・留置されました。

これは昭和時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。

これは2分程度で読める記事です。
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1.解説

 

以前、復興金融公庫(以後、復金と略します)という第2次世界大戦直後の復興資金供給のための政府金融機関がありました。第一次吉田内閣が戦時補償打ち切りにともない全額政府出資で設立したものです。復金は復金債の日銀引受けで調達した資金を重点産業に供給しました。

 

この復金のお金で悪いことをいた奴らが居たのです。それが、本日の記事の昭和電工疑獄事件と呼ばれる、昭和電工への復金融資をめぐる芦田均内閣時代の贈収賄事件です。

 

1948年(昭和23)のこの日、昭和電工社長の日野原節三が、23億円余りの巨額の復興融資の一部を不正に使用下として国会の追求を受け、そのもみ消しのための贈賄工作を行ったとの容疑で逮捕・留置されました。日野原社長は、融資を受けた見返りに政・官界に賄賂をばらまき、同時に自らも私腹を肥やしていたのです。

収賄側としても元農林次官重政誠之、さらに同年10月前副総理西尾末広も逮捕されたため、芦田内閣は同年10月7日に総辞職しました。芦田均自身も同年12月に逮捕され、計64人が起訴されるという空前の大疑獄事件に発展しました。

裁判の結果、日野原節三社長と、国務相経済安定本部総務長官の栗栖赳夫は有罪、他は無罪とされました。

 

この事件は、民主自由党による芦田内閣打倒の政治的陰謀で、GHQ部内の抗争も関係していたとされています。

 

疑獄事件は何時の世もあるワケで、その後のロッキード事件や、いまゴタゴタしているアッキード事件、安倍ゲートと呼ばれる事件もまた戦後史に残る大疑獄事件であることは間違いありません。

 

2.他の年、この日の記事

他の年には、こんな記事を書いています。こちらも併せて御覧下さい。(記事が先の日付の場合は表示されません。当日にならないと公開しないように予約投稿しているためです)。

今日はここまでです。

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