10月 出来事

10月8日 <奈良の藤ノ木古墳の石棺を開棺(1988年=昭和63)>

2016/10/12

今日という日はどんな日でしょうか?

日本史の世界の出来事を覗いてみましょう。

 

藤ノ木古墳は、奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺にある古墳時代後期にあたる6世紀後半の円墳です。法隆寺の西方350mの丘にあり、墳丘は裾部が削られているものの直径48m、高さ9mあり、周囲には円筒埴輪がめぐらされていました。その藤ノ木古墳の横穴式石室から出土した家形石棺が、1988年(昭和63)年の今日、開棺されました。

 

石棺が発見されてから、棺内の遺物保存に万全を期す為、同年6月以来ファイバースコープによる棺内調査が行われ、同サイズの現物石棺模型による開棺実験を行うなど入念な準備がされたのちに、石棺の蓋が開けられました。第一次調査が1985年(昭和60)7月に始まって以来、実に3年以上の年月を掛けたプロジェクトの記念すべき日が訪れたのです。

 

石棺内には合葬された二体の成年男子の人骨が見つかったほか、見事な副葬品が多数が出てきました。その中には、東アジアで発見されている古代の馬具の中で、工芸的にも最高レベルの見事な金銅製馬具、豪華な倭風の太刀、冠、沓などの金銅製装身具類、鏡、鉄製武器、鉄製農工具・土器豪華で多様な副葬品が多数のガラス玉・空玉をともなって千数百点も見つかったのです。

 

この調査で出土した副葬品に、東アジア全体に広がった仏教的色彩が色濃いことから、古墳の被葬者は朝鮮半島との関わりが深く、仏教にかなりの理解と感心とを持っていた人物であったと想定されています。この古墳時代後期は、まだ前方後円墳が作られているにも関わらず、この古墳が中規模の円墳であること、それにも関わらず超一級品の豪奢な副葬品を持つことから、人物の位は大王家の大王以外の人物、例えば皇子クラスの人物であると考えられています。

 

この時期の近畿地方の支配者層の古墳で、これほどまでに副葬品が揃っている事例は少なく、貴重な調査例とされています。

 

この調査の成果は、古代国家成立前の近畿の最高支配者層が、東アジアでも最高水準の工芸品を手に入れていたこと、朝鮮半島風の装身具類を見に付けながらも、伝統的な倭風の太刀を持ち、また、鏡や農工具の副葬もあるなど、古墳時代前期以来の伝統的な習俗をも維持していたことを示しています。言い換えれば、外来文化を積極的に受け入れつつ、伝統的な風習や価値観を保つ、すなわち自己の主体性が確固たる保ち方をされていたのであろうと、考えられています。

 

興味深いのは、この石棺が入っていた石室からの出土品には江戸時代の灯明皿も発見されていたことから、被葬者が葬られた後一千年以上後まで供養が行われていた、と推定されることです。

 

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