5月26日 <江戸幕府、アメリカと下田条約を締結(1857年=安政4)>

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1857年(安政4)のこの日、アメリカ領事ハリスは幕府下田奉行らと下田条約を締結しました。

これは江戸時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。

これは2分程度で読める記事です。
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1.解説

 

実は…下田条約と呼ばれるものが2つあります。

  1. 日露通好条約(にちろつうこうじょうやく)
  2. 日米約定とも呼ばれる日米和親条約に対する追加条約

今回の記事は、後者のものです。

 

1854年(嘉永7)3月に締結された日米和親条約に基づき伊豆下田にアメリカ領事館を開いた初代領事のタウンゼント・ハリスは、通商条約の交渉を行いました。ところが、幕府の抵抗にあったため、ハリスは1857年(安政4)のこの日、下田で下田奉行井上清直(いのうえきよなお)らとの間に下田条約を締結しました。

この下田条約、日米和親条約の拡充によってアメリカの権利拡大をはかったもので9か条から成り、片務的領事裁判権が規定されたほか、長崎の開港、下田・箱館におけるアメリカ人の居住権、副領事の箱館駐在、日米両国貨幣の同種同量交換、総領事の旅行権などが認められました。

 

しかし、下田条約は、いまだ和親条約の域を出なかったため、ハリスはその後も粘り強く幕府と交渉を続け、翌1858年(安政5)6月に、日米修好通商条約を締結するに至ります。その新条約締結に伴い、この下田条約は廃棄されました。

 

2.他の年、この日の記事

他の年には、こんな記事を書いています。こちらも併せて御覧下さい。(記事が先の日付の場合は表示されません。当日にならないと公開しないように予約投稿しているためです)。

今日はここまでです。

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