2月 出来事

2月6日 <「何が彼女をさうさせたか」封切り(1930年=昭和5)>

2018/02/06

1930年(昭和5)のこの日、帝国キネマ制作、鈴木重吉監督の「何が彼女をさうさせたか」が封切られヒットしました。

これは昭和時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。

これは2分程度で読める記事です。
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1.解説

 

1929年(昭和4)10月、第1次世界大戦以来好況が続いて永久繁栄の夢に酔っていたアメリカで、ニューヨークのウォール街株式市場での株価大暴落が起こり、その影響はたちまち全世界に広まって、世界恐慌となりました。

アメリカでは、倒産した会社・銀行は2万を超え、失業者は500万人に及び、1933年(昭和8)には、全銀行が一時休業するほどの悲惨な状況でした。

 

我が国は、ちょうどその時、為替相場を安定させ、輸出を促進による景気回復を狙って1930年(昭和5)1月に「金の輸出解禁」を行ったのですが、それはまさに

「嵐の中で雨戸を開ける」

様な状態だったのです。日本にとって最大の輸出市場であったアメリカの恐慌の影響で輸出は激減し、輸入が大幅超過となってしまい、わずか2年間で7億3000万円の正貨が流出し、日本経済もまた深刻な打撃を受けたのでした。その恐慌を昭和恐慌と呼んでいます。

 

当時、この折からの不況のなか、社会の矛盾や問題性を訴える映画が登場し「傾向映画」と呼ばれましたが、今回の記事の「何が彼女をさうさせたか」はその傾向映画の代表作なんですね。

藤森成吉の戯曲が原作のこの映画は、高津慶子扮するヒロインの貧しい少女が、様々な苦労の末に放火をしてしまう、というストーリーでした。あらすじがWikipediaにかかれているので、以下に引用してしまいますね。

 

年代記風の10のエピソードから構成されている。

14歳の中村すみ子は生活苦から親が自殺して孤児となる。叔父を頼っていくが逆に曲馬団(サーカス)に売られてしまう。つらい日々の中、青年新太郎に恋心を抱くものの、団長の小川の虐待に耐え切れずに曲馬団を脱走する。その後琵琶法師長谷川旭光の女中、詐欺師の子分、議員秋山の女中と職を転転として辛酸を舐める。ようようにして再会した新太郎と結ばれるも、生活に追われた二人は切羽詰って心中をはかり、すみ子だけが生き残ってしまう。幸せも夫も何もかも失い、すがる思いでたどり着いた教会の施設天使園も園主矢沢の偽善と不正に腐敗しきっていた。すみ子は絶望のあまり教会に放火する。燃え上がる教会から上がる炎と火の粉を背景に「何が彼女をさうさせたか。」の大きな字幕が写ってこの映画は幕を閉じる。

(Wikipedia「何が彼女をさうさせたか」から引用)

 

最後に「何が彼女をさうさせたか」のタイトルがスクリーンに出ると、館内は万雷の拍手に包まれたそうです。そしてこのタイトルは、その年の流行語にもなったもでした。

下の画像は、この「何が彼女をさうさせたか」のポスターで、例によってWikipediaからの無断借用です。その画像或いは下の青字部分からWikipediaの大きな画像が見られます。

<「何が彼女をさうさせたか」のポスター>

 

この映画、DVDも出ています。おおもとのフィルムは紛失したものの、ロシアで不完全ながらも発見され里帰りした貴重な「幻の名画」です。興味がおありの方は、以下のリンクからAmazonに移動できますので、どうぞご覧下さい。


何が彼女をそうさせたか クリティカル・エディション [DVD]

 

 

2.他の年、この日の記事

他の年のこの日には、こんな記事を書いていました。こちらも併せて御覧下さい。

 

今日はここまでです。

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